日. 12月 22nd, 2024

    会長からのメッセージ

    第19期(法人第8期)会長 岸本 充生

     

     日本リスク学会は不思議な学会です。リスクというちょっと抽象的なキーワードに対して様々な分野の研究者や実務家が集まっています。設立は1988年に遡ります。

     私自身はもともと経済学者でありますが、産業技術総合研究所で長く働いたこともあり、自分の専門分野がよく分からなくなっており、かといって細かい説明をするのも面倒で、専門分野を聞かれると、いつも場の空気を察して適当なことを言っていました。しかし、最近は専門分野を聞かれた場合はできるだけ「リスク学」と答えるようにしています。これには2019年に丸善から「リスク学事典」を出版できたことが背景にあります。本書では「リスク学とは何か」と「リスク学の歴史」という無謀なタイトルの節を担当したこともあり、リスク学という枠組みについてじっくり考える機会がありました。特に後者は何を書いたらよいものかと最初は途方に暮れましたが書き始めてみるとあれもこれも書きたくなりどんどん内容が充実してきて驚きました。

     それでは前者「リスク学とは何か」にはどんなことを書いたのでしょうか。原稿には、リスク学は、リスク〇〇学(リスク心理学、リスク社会学など)と呼ばれるような、既存の学術分野をリスク問題に適用したものと、□□リスク学(食品リスク学、AIリスク学など)と呼ばれるような、様々な対象のリスクを扱うものに分けられると書きました。勘の良い方は気づいたかもしれませんが、縦糸と横糸によってリスク学は世の中のかなりの広い範囲をカバーしうるのです。ところが、たいていの場合、前者には〇〇学会が、後者には□□学会が存在します。そのため〇〇学会や□□学会でもリスク学に関連した発表が見られますし、場合によっては部会や委員会まであったりします。

     ではリスク学会の存在意義はどこにあるのでしょうか。私の個人的な見解は、分野(横糸)と対象(縦糸)を横断しているという魅力だと思っています。リスク心理学と食品リスク学をやっている人は、専門の学会に参加しただけでは、リスク工学と原子力リスク学をやっている人にはなかなか出会えません。リスクのアセスメント手法、マネジメント手法、コミュニケーション手法などはどの分野でも様々な失敗と試行錯誤を経て発展してきました。こうした経験や情報をお手軽に交換できる場は非常に有益です。例えば、近年私が関わっている情報技術やAI技術の場では、リスク概念の重要性が指摘されているものの、リスク学の知見が圧倒的に不足しているように見えます。これはコロナ禍においても見られたことです。例えば、リスクトレードオフは、感染症リスクを含むどんなリスクにも多かれ少なかれ存在する現象であり、最初から検討に組み入れる必要がありました。一般人のリスク認識と専門家によるリスク認識にギャップがあることもどの分野においてもみられ、そのギャップにどう対応すべきかには大量の知見があります。市民参加の方法も同様です。しかし、新しい分野での課題が出てくるたびに同様の議論がゼロから行われることはとてももったいないことです。そういう意味で、会員のみなさん、柔軟で包容力のある日本リスク学会を使い倒しましょう。

    2024年6月吉日